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カンボジア見聞録


                            H28.10.11
 新シリーズ
 カンボジア見聞録 25(隣国との国境)

                       カンボジア在住
                       柴田幹雄

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2 隣国との関係から見るカンボジアの歴史(続き)
 現在バッタンバンにはJMASの地雷処理チームとインフラ整備のチームが活動しており、私もたびたび訪れている。シエムリアップはカンボジア第2の都市で空港もありアンコールワットへの入り口でもある観光地だ。夜ともなるとショートパンツにTシャツの欧米系の観光客が目抜き通りを闊歩する都市でもある。JMAS勤務ですっかりカンボジア贔屓になった私は、バッタンバンやシエムリアップがタイ領となったり戻ったりした歴史を知って、もともとカンボジア領だったのに日本が仲介して同地をタイに渡したのかと何とも言えない思いに駆られた。もっとも日本はいずれ東南アジア諸国を独立させることが得策であると判断し独立の後押しをしていた。
 一方連合国のノルマンディー上陸作戦後、イギリスに亡命政権を立てていたドゴール将軍がパリに凱旋しビシー政権が消滅するとまたインドシナでもフランスは日本にとって敵国になる。日本軍はインドシナ半島のフランス軍を駆逐するための作戦「明号(めいごう)作戦」を発動する。1945年3月9日作戦開始に先立ちカンボジア、ラオス、ベトナムの国王、皇帝に武力行使の通知と独立を宣言することが可能であるとの連絡をした。これを受けノロドム・シアヌーク国王は1945年3月13日独立を宣言する。しかし日本の敗戦により、カンボジアはベトナムの侵略を恐れ、1946年条件付きとはいえ再びフランスの支配を受け入れてしまう。その後シアヌーク国王の粘り強い独立運動で、1953年独立を勝ち取る。この独立に際しかつて失ったバッタンバンとシエムリアップをも取り返した。

 シアヌーク国王以降、親米ロン・ノル将軍のクーデター、ベトナム戦争のカンボジア拡大、中国の支援を受けたポルポト率いるクメール・ルージュ時代、そしてベトナムに支援されたヘン・サムリン政権の誕生と反ベトナムで協力する三派連合等、延々と政変、内戦が続く。このあたりの話はJMASの関わる地雷、不発弾に直接関係する歴史的背景だが、やや複雑なので次回以降書くことにして隣国との関係を見る歴史としてはこの辺でひとまず区切りたい。


                      つづく

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