19年4月下旬の記事



4月28日
 航空自衛隊の次期戦闘機(FX)選定に関し、久間防衛相は30日に行われる日米防衛首脳会談でF-22の情報を米側に要求する旨表明しました。これまで、F-22 を除く幾つかの機種がFXの候補として挙げられていましたが、いよいよ本命の登場です。

 F-22は1998年に米議会が海外へは売却しない決定をして、これが現在も続いていますが、昨年夏に米下院が禁輸を解除することを勧告したとワシントンポスト紙が報じました。ある議員は米国の安全保障の確保と防衛産業の維持のどちらを立てるかジレンマに陥っているとし、F-22の外国への売却についての判断の困難さを述べています。

 冷戦時代に計画されたこの戦闘機は、米空軍向けに生産が 700機程になると予定されましたが、現在のところ 183機で止まっています。ロッキード・マーチン社は 381機まで引き上げる様要請しており、それができないと生産ラインを閉じなければならないと述べています。このよう苦境を救うのが外国への売却です。

 諸報道も総合すると、最も売却の可能性があるのは日本であり、次いでオーストラリア、英国となっています。この高価な機種を購入する経済力が問題であり、かつ強力な同盟国である必要がありますが、日本はそのトップに位置するらしいのです。

 禁輸解除、東アジア周辺国の反発など紆余曲折がこれからもありそうですが、田母神俊雄航空幕僚長は導入の際に予想される中国、北朝鮮の反発については「戦争を抑止するには相手に強いと思わせることが大事だ。彼らの言う通りにしていたら国益は保てない」と指摘したとのこと、言うべきことをしっかり言う姿勢を評価したいと思います。



4月27日
 北朝鮮がミャンマーと国交を回復しました。ミャンマーは人権問題で米国から経済制裁を受け、西側諸国からもアウンサン・スー・チー氏の軟禁などで非難を受けている状況にありながら、反面 ASEANへも加盟するなど、アジア諸国とは比較的良好な関係を維持しています。

 ミャンマーは軍事政権が続き、軍は陸海空あわせて38万を擁する軍事大国、一人当たりの国民所得が 219ドルという最貧国にありながら軍事に掛ける資源は大変なものです。

 かつてミャンマーはケシ栽培をする武装勢力を排除するために米国から武器の供与を受けましたが、人権問題でそれが途絶、最近は中国が支援しているという噂もあります。しかし、武器調達は不如意でしたから、北朝鮮との国交回復は、やはり軍事的な関係がそれをさせたようです。約10年前から北朝鮮製の武器、特に野砲などを購入していたと伝えられます。

 ラングーン事件の際のミャンマーの北朝鮮に対する毅然とした態度は称賛されるべきものでしたが、今回の国交回復には少々がっかりしました。歴史的にも日本とミャンマー(ビルマ)との関係は決して疎遠なものではありません。北朝鮮が国交回復に成功したことは、日本にとって不愉快なことですし、ミャンマー・北朝鮮という人権問題を指摘される国同志が連携を深めるのは、東南アジアの安定のためにも良くないことと思います。



4月26日
 一昨年の初夏、北京に旅して天壇公園を訪れた時にベルディのオペラ椿姫で歌われる乾杯の歌のメロディが流れていましたので、何事かと近づいて見ましたらそのメロディに乗って大勢の男女がソシアル・ダンスをしているのでした。乾杯の歌でダンスとはなかなか想像できませんが、そのうちに「北国の春」が流れ、ソーラン節が流れ、中国の歌謡が流れ、皆楽しそうに踊っています。

 今、 NHKハイビジョンで放映されている番組に「新的中国人」があります。第1回が「毛沢東に似ている男」第2回が「踊れば楽し」昨夜が「父親たちのペダル・農村受験戦争」でした。「踊れば楽し」の画面はどこかで見たことがあると思いましたら、天壇公園での録画でした。この公園には地球遺産に登録されている建築物もあって、面積広大、歩いて一周するのも大変ですが、あちこちに緑陰があり、ダンスには好適な場を提供しています。

  NHKの番組では、踊る人達のそれぞれの生活が描かれており、踊る場面だけを外から観察した私には興味深いものがありました。踊る人達は NHKの解説によれば、「皆が文革・改革解放など中国の現代史を生きてきた人達が急速に近代化する首都でのダンスパートナーという男女交際の場に人生の支えを求める人達」なのだそうです。

 踊るのは殆どが中高年の人達です。若い人は働くのに懸命、中国でも老齢化社会が進行しているのが分かりますが、彼ら彼女らが話すのはお金と介護と男女関係のこと、中国社会の現実を表しています。

 24日、エチオピアでは中国資本によって開発された油田が武装勢力による襲撃を受けました。アフリカでは中国の強引な進出に伴い、中国に対する反感もつのり、犠牲者も増えているとのことです。国策でリスクをおかして海外で働く中国人と、公園で踊る人達を対比させると、中国も多様化が進んでいると感じられます。



4月25日
 産経は「政府は集団的自衛権の憲法解釈を見直し、行使を容認する方針を固めた。」と報じました。朝日は有識者会議を発足させ、事例研究を行うとだけ報じていますが、無駄なことは最初からやらない筈、安倍総理がこの会議を発足させる意図は明瞭です。それは集団的自衛権行使への道を開くことにあります。

 集団的自衛権の行使については、政治的な問題も勿論ありますが、現場の自衛官が一番困難に直面しているのです。例えば、事例研究の2番目にある公海上で自衛艦と同行する米軍艦船への攻撃に対して、自衛隊が応戦することの可否についてですが、日本はもし自衛艦が攻撃されたら米艦は応戦することは当然のことと期待しているのでしょう。それを逆の場合はやらないというのは、軍人としての道に反します。

 有識者研究に自衛官OBの西元徹也元統幕議長が入っているのは心強いことです。机上の議論ではなく、現場の自衛官の眼でしっかりと対応して頂きたいと思います。

 海自の防衛秘密漏洩事件、今月6日の本欄で「教育資料であれば各種のレベルの違う秘密が含まれていたと思われ、その分別の過程で瑕疵があったのかも知れませんし、漏洩の機会が増えた可能性もありそうです。」と指摘しましたが、産経の報道によれば、そのとおりの展開になっています。特防秘の文書がそのまま漏洩されるのではなく、引用などで新たな文書が作成された場合の取り扱いにこの事件の発端があったのです。



4月24日
 エリツィン元ロシア大統領が死去しました。型破りの言動で世界をびっくりさせたり、笑わせたりしましたが、大きな功績を残した大統領と評価したいと思います。彼をおいてはソ連邦を解体するという難事業を完成させることは出来なかっただろうと今更ながら思います。

 有名人の死去の際によく聞く言葉に「一つの時代が終わった」という表現があります。しかし、エリツィン氏にはこの表現は当てはまりそうもありません。あの巨大帝国であったソ連邦を解体する事業は、国家指導者を変えることだけでなく、ソ連社会をスクラップ&ビルドすることでした。この困難かつ混乱した状況をエリツィンが指導して、新生ロシアへと導いた何年かは一つの時代と括れる様なものではありません。

 このような時代であったからこそエリツィンの力量が十二分に発揮され、国民の支持を得ることができました。しかし、その型破りの行動は国情が落ち着くにつれて不安材料となり、辞任に追い込まれました。だが、憎めないその人柄は大衆の支持を得ていました。モスクワでは、エリツィン時代に盛んだった討論番組や風刺番組はいつのまにか消えてしまい、政権を批判するアネクドート(小話)も今はまったく語られなくなっているらしいのです。

 アネクドートのないプーチンのロシアでは、再び強権の政治が行われる様になってしまいました。



4月23日
 参院補選が行われ、与党は沖縄の勝利によって首相の求心力は保たれたとメディアは報じています。今回の選挙で特徴的だった言葉に「党首力」がありました。あまりなじみがない言葉ですが、意味は理解できます。自民党の中川幹事長もホームページで「そもそも党首力とは何か」と問うていますが、答えは書いていません。思うに、選挙の看板の大きさ、アピール度のようなものでしょうか。安倍総理もこの結果を得て、堂々と訪米の旅に出かけられます。

 首相訪米について、加藤紘一元自民幹事長が訪米期間が短すぎると批判しています。確かに日程を見ますと一泊二日、これでは時差ぼけの修正もできません。「議会で話をしないし、プレスクラブでの演説もない。日本の首相が就任後に行くケースとしては珍しい短い訪米だ。」という加藤氏の指摘は当たっているでしょう。ホワイトハウスでの夕食会とキャンプデービッド行きで予定終了ではあまりに短いと思います。

 安倍総理はブッシュ大統領に拉致問題に対する協力を要請するとのことですが、当のブッシュ氏はイラクで頭が一杯です。米軍の犠牲者はついに三千人を越えました。イラクの戦争で米国は勝てるのか、昨年末にパウエル前国務長官が負けつつあると言っていますし、ガーディアン紙は先月、米軍現地司令官の将官が「半年以内に勝てなければ、ベトナム型の敗北になる」と語ったと書いています。

 台頭する中国、核武装でいよいよ国際社会の悪役ぶりを発揮する北朝鮮など東アジアの情勢は厳しい状況が続きますが、最近の米国は対アジアで弱気です。安倍総理はブッシュ氏とじっくり話をして、何とか東アジアに対する米国の関心を高めることに腐心する必要がありそうです。



4月22日
  3月21日に将棋の渡辺明龍王とコンピューターソフト・ボナンザの公開対局が行われ、この模様が昨夜の NHKの番組「運命の一手 〜渡辺竜王VS人工知能ボナンザ」が放映されました。このソフトは「第16回世界コンピュータ将棋選手権」に優勝した現在最強ソフトとされ、話題を呼んだ対局でした。

 将棋ソフトは、年々力をつけ、プロと対局したらどうなるかとまで評価されるようになりました。これを受けてか、将棋連盟もプロ棋士のコンピュータとの対局を禁止しましたが、コンピュータの実力をプロも認めているということでしょう。

 肝心の対局結果ですが、渡辺龍王が勝利し人間の実力を示しました。しかし、一時は龍王が冷や汗をかくような状況にまで追い込まれたのです。終盤の局面で、ボナンザは攻撃か防御かの選択を迫られ、得意とする攻撃を選択しましたが、これが運命の一手となって敗北しました。防御を選択すれば、渡辺龍王がブログで語っている様にコンピュータが優位に立つことになったのです。

 TVの解説によれば、攻撃か防御かどちらを選択するかをボナンザは時間内に計算できなかったのだそうです。その結果、ボナンザは得意技とする攻撃を選択、結果として負けたのですが、この極めて人間的な選択をコンピュータが行ったことに感動を覚えました。冷静無比、感情に溺れることなく計算で得られた最善の手を指すコンピュータですが、土壇場で極めて人間的とも言える選択をしたのです。

 対戦する渡辺龍王も準備おさおさ怠りなく、ボナンザとの対局を数百局やった上で、ボナンザの弱点を研究しつくしての対戦でした。しかし、ボナンザもソフトの改善で実力を上げており、龍王が仕掛けた罠を逆手にとって自分の得意な場面へ誘導するという強さを発揮し、龍王を困惑させたのです。

 チェスでは既にコンピュータの方が強いことになっています。将棋も恐らく近未来にそうなるでしょう。ボナンザを開発した技術者は、将棋の実力は極めて弱いのだそうですが、強いソフトを開発できたのは数学的な思考で、将棋の実力は関係なかったのです。

 現代はコンピュータ依存社会、何時でも正確に動作するコンピュータ無しには世の中は動きません。しかし、将棋が弱くても強いソフトの開発ができるように、IT社会は理論を優先させます。このような社会が好ましいのか、そうでないのか、現実は既にそのような社会になっていることに気付かなければならないと思います。



4月21日
 産経古森記者が米国でTVのインタビュー番組に招かれ、慰安婦問題で意見を述べたことが今朝の産経に書いています。古森記者は、この問題での米側からの今回の糾弾を二重訴追(ダブル・ジェパディー)、二重基準(ダブル・スタンダード)、人種差別の色彩(ティンジ・オブ・レーシズム)という三つの言葉で評したそうですが、この3つは3番目のtinge of racism に集約されるのではないかと思うのです。

 racismは悪だということで、米国内で非常な改善の努力がなされていることに敬意を表しますが、意識の底にはracismが存在し、これが消えることはなかなか難しそうです。先日発生した韓国人による銃撃事件においても、その気配はありました。米国内での評論も、この問題を人種問題へ発展させてはならないとの主張が見られましたが、そのような主張がなされること自体がracismの問題が隠されていることを示している様に思えます。

 仏大統領選挙が寸前に迫りましたが、ロワイヤル候補、サルコジ候補ともに過去に日本を批判したり野蛮だと言ったりした過去があります。この発言の裏にもracismが感じられるのは被害者意識でしょうか。




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