| 山陽支部ニュース |
| 記事掲載日 | 記 事 内 容 | |
| 20年 7月1日 |
「防府南基地慰霊祭」 7月1日(月)、防府南基地(司令:福井1佐)の慰霊碑(名称:献身碑)前において、基地司令、基地所在部隊長、基地主要幹部、各部隊隊員代表、基地協力会長、父兄会長、ともしび会中国四国支部長、殉職者の元上司、新生つばさ会重永山陽支部長と牟田防府基地OB会長が参列される中、基地追悼式が挙行されました。当日は梅雨の晴れ間と言う表現がピッタリの高曇り。前日までの雨のためか、碑の周辺の木々の緑が、いっそう鮮やかに感じられる環境の中で、黙とう、殉職隊員の紹介、福井司令の追悼の辞、献花に引き続いて、つばさ会山陽支部長、OB会長他、参列者全員による献花が厳粛に行われました。 つばさ会の生花、OB会からの生花が供えられ、OB会からのお酒も合わせて厳粛に献上されました。 南基地の殉職者は6柱だそうです。昭和40年を最後にして幸いに殉職者は出ておりません。1年間の新隊員教育数等から考えると「43年間殉職無し」という記録は、凄い数字だと思います。歴史の重みを感ずるとともに、現職の皆様のご苦労は大変で有ろうと思いました。碑は、昭和38年に建立されたそうですが、大きな石碑が周りの鬱蒼と茂った木々と良く調和して厳かな雰囲気を醸し出していました。ふと、空を見上げると中天の太陽が暈(日輪)をさしていました。しばらくすると、一筋の飛行機雲が直上の日輪の真ん中を東から西へ貫き、水蒸気が多いのか、日輪とともにいつまでも残っていました。 追悼式と日輪。基地に後光が差しているようで、何だか有難味を感じた1日でした。南基地の所属隊員と学生に幸あれ!! (写真)市原 記
|
|
| 20年 6月28日 |
「平成20年度山陽支部総会開催」 山陽支部(重永照彦支部長)は、6月28日(土)山口市の湯田温泉で、20年度定期総会及び懇親会(一泊)を開催しました。湯田温泉は、県庁所在地の繁華街の真ん中にある大きな天然温泉郷ですが、幕末には坂本竜馬や伊藤博文等の志士たちが投宿し議論を戦わせたと言う、とても歴史の古い温泉です。そこの由緒ある「西村屋」さんで、支部の29名が参加して総会が行われました。(昭和の初期に詩人、中原中也が結婚式をした部屋が残っていました。) 例年どおり、19年度の事業の報告、決算報告、監査報告に続いて、20年度事業内容、予算案の提案、一部役員改選があり、全ての案件について承認を頂きました。近日中に、会員の皆様には、結果をお届けできることと思います。 今年は、地元の石川氏、内田氏に加えて、広島から真志田氏もお元気な姿をお見せ下さいまして若者(?)一同感服致しました。(80歳トリオ合計で250歳だそうです。) また、懇親会では、防府南基地司令(福井孝1佐)、空教隊准曹士先任(興田准尉)、防府北基地司令(上田知元1佐)、12飛教団准曹士先任(白川准尉)、山口地方協力本部長(中原茂樹1佐)のご参加を得て、最近の空自や基地の状況について興味深いお話を頂き、お宿から、もう終わって下さいと言われるまで盛り上がりました。我々もつばさ会、OB会一丸となって基地運営に少しでも協力して参りましょう。町で若い隊員の方々を見かけたら一声かけて下さい。 大雨の中で毎日、卒業前の戦闘訓練に励んでおります。将来の大成を願わずにはおられません。なお、西村屋さんは、野村支部長の紹介により、社長から特別のお計らいをして頂きました。建物は古いですが、料理が新鮮で美味しいでした。重ねて、有難う御座いました。(写真)市原記
|
|
| 20年 6月1日 |
「防府北基地航空祭」 6月1日(日)、防府北基地の航空祭が行われました。素晴らしい天気で、朝早くから続々と人が集まり、昼過ぎても入場者が途切れない有様でした。55000人、8000台の車が入ったそうです。小さな基地ですが、T−7、陸自ヘリ、F−4、F−16、F−2、ピッツS−2、ブルー等の編隊飛行、曲技飛行が続き、上空ばかり見上げていた我々も、首が疲れました。地上では航空学生のファンシードリルやランウェイウオーク、シミュレーター、顕彰館見学などに注目が集まっていました。つばさ会山陽支部(重永支部長)、防府OB会(牟田会長)の会員もたくさん参加して、盛り上げに一役買っていました。 市原記
|
|
| 20年 5月25日 |
5月25日(日)、防府南基地の創立記念日行事が行われました。朝方、心配だった雨もやみ、
|