平成29年度第3回目の講演会(三木会)を平成29年10月19日(木)グランドヒル市ヶ谷において開催した。
今回は平成29年7月まで在アメリカ合衆国大使館付武官をされていた空幕防衛部防衛課防衛調整官の小川康祐1等空佐を講師としてお招きし、「米国防衛駐在官勤務を終え」という演題で講演を頂きました。講演終了後、外薗会長から本講演に対する謝辞が述べられた。
■序論
2014年6月から、本年6月までの3年間、米国ワシントンDCの日本大使館にて、防衛駐在官として勤務しました。
この間、欧州ではウクライナ問題が深刻化、中東ではISILが台頭し、アジア太平洋においては南シナ海や東シナ海情勢が悪化、さらに北朝鮮の核・ミサイルの脅威が増大するなど、世界の安全保障環境が揺れ動く中、米国ではトランプ大統領候補が1年以上に亘る選挙キャンペーンを勝ち抜き、今年1月、新政権が誕生しました。
このように米国内外の情勢が激動する中、日米関係は戦後70年の節目を迎え、一昨年の安倍総理による初の米国議会での演説や、両国首脳による広島及びパールハーバー訪問といった歴史的な首脳外交に加え、日米ガイドラインの改定と平和安全法制の制定など、安全保障を含む日米関係全体が更に「グレードアップ」していきました。
国際政治・外交の中心地であるワシントンDCにおいて、米国内外情勢の変動を肌で感じつつ、防衛駐在官として、日米同盟の強化に関わる様々な業務に携わることができたのは、貴重な経験でした。
■トランプ政権誕生の衝撃
米政府機関や各国外交団等が集まるワシントンDCでは、多彩な人的ネットワークを構築することができるのは、防衛駐在官としての醍醐味です。
ペンタゴンの軍関係者や各国の武官はもちろん、外国及び邦人メディアや防衛産業の駐在員、世界最大のシンクタンク・コミュニティに加え、上下両院の軍事委員会のスタッフ等々、軍事・安全保障に携わる様々な人々と社交の場、セミナーやカンファレンスなどのイベント、交流を通じて知り合い、情報収集や意見交換ができるのは、大変刺激的です。
しかしながらワシントンDCや、大手メディアなどから発信される情報も、いわゆるエスタブリッシュメントと呼ばれる既成の支配者層からの見方であり、地方の白人労働者を中心とするトランプ支持層の動向、米国社会の分断の深さを、的確にとらえてはいませんでした。
トランプ政権誕生から9か月余りが経ちましたが、型破りの政治スタイルと相まって、内政や外政について米国民の支持が得られているとは言い難く、低支持率にあえいでいます。またTPPやパリ条約からの脱退、NATOの集団防衛義務に関する異例の発言など、トランプ大統領の「アメリカ第一主義」に対する、国際社会からの不信感も根強いものがあります。
加えて、反エスタブリッシュメントを掲げ、シンクタンクなどの専門家や実務経験者の政権スタッフへの登用を禁じているため、国防省や国務省等で実務を取り仕切る政治任用ポストの多くが空席のままであり、今後の米国の具体的な外交・安全保障を含む政策立案とその実行への影響が懸念されています。
■米国の外交・安全保障政策
幸い現在、マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官、ティラーソン国務長官、マティス国防長官という3つの主要閣僚の評価が大変高く、彼らの頭文字をとった「MMT」が、米国の外交安全保障政策を支えています。
アジア、特に日本との関係においては、政権発足直後から、両首脳間の個人的な関係構築を含め、極めて良いスタートを切り、北朝鮮による挑発に対しても、日米一枚岩となって断固とした対応とメッセージの発信がなされてきているのは幸いです。
予断を許さない朝鮮半島を含め、今後の米国のアジア太平洋政策については、我が国も地域の同盟国として、中長期的な視点も踏まえ、新政権と政策調整を図っていく必要があるといえます。
■米国の国防政策
米統合参謀本部議長や各軍参謀総長などの制服人事は、通常政権交代とは連動しないため、国防政策の継続性はある程度確保されているといえます。マティス国防長官自身も、国防省職員・米軍人から絶大な信望を得ており、政権移行期の中にあって唯一機能している省庁は、一時は国防省のみとも言われていました。現在米軍の課題の一つが、過去数年にわたる対テロ作戦と、予算の強制削減の影響で低下した軍の即応性を回復することです。トランプ新政権も2018年度予算案では国防予算の大幅増額を求めていますが、財源確保も含め、その実現は楽観できない状況です。
マティス国防長官は、今年6月の公聴会において、脅威認識として、まず喫緊の脅威である北朝鮮の核・ミサイル開発、次いでロシアと中国による国際秩序への挑戦、三つめにISIL等のテロ組織やイランの脅威による不安定な中東情勢を挙げました。
アジア太平洋については、6月のシャングリラ会合において、北朝鮮と並んで、中国の力による現状変更の試みへの対抗を念頭に、地域の同盟国との関係強化、米軍プレゼンスの強化を含む、断固としたメッセージが発せられました。
米空軍に関しては、F-35A、KC-46A、B-21次期爆撃機の3大事業の推進と、核戦力の近代化を優先しつつ、昨年度から現役兵力及び予備役の大幅増員を進めているほか、深刻なパイロット不足への対応のため、処遇改善や教育体制の強化を進めています。ゴールドフィン米空軍参謀総長も、空軍将兵・家族のケア、統合作戦への貢献と共に、同盟国や友好国との関係強化の3つを重視しています。トランプ大統領がアメリカ第一主義を掲げる中において、軍の指導者は同盟関係の重視を強調する姿勢には、心強いものがあります。
■日米同盟強化のための方策
ここ数年、ワシントンDCの日本大使館では、日米同盟強化のための新たな取り組みを進めてきました。その一つが、在日米軍経験者のネットワーク構築・強化事業です。軍属や家族も加えると10万人を超える在日米軍関係者は、知日派、親日派として、日本の応援団となり得る大切な人的資産です。
一昨年日本大使館は、笹川平和財団USAとの共同事業として、Japan US Military Prog-ram、頭文字をとって「JUMP」を立上げ、全米各地で様々なイベント、講演会やレセプション等を開催しており、防衛駐在官もこれを支援しています。昨年からは各軍種別の同窓会イベントを開催するなど、参加者が日本勤務時代の思い出に花を咲かせ、旧交を温めることのできる大好評なイベントとなっています。もう一つは、米国における中堅・若手の知日派研究者の発掘・育成です。 将来、日米同盟を積極的にサポートし、対外発信してくれる次世代の人材、将来のマイケル・グリーン氏やリチャード・アーミテージ氏になりうるような人物を発掘し、育てていこうというものです。
ワシントンDCには世界最大のシンクタンク・コミュニティがありますが、新進気鋭の安全保障研究者からなるグループを作り、勉強会や意見交換会等を通じて彼らの研究活動を手助けしつつ、日本の防衛政策などへの理解を深めてもらっています。
■結言
毎年春になると、ワシントンDCを流れるポトマック河畔では、数千の桜並木が美しく咲き誇ります。これらは1912年、東京市長から友好親善のためにワシントンDCに寄贈された後、米国の人々の手によって、100年以上に亘って大切に育てられてきたものであり、今日ワシントンDCの名所の一つとして、多くの米国人や観光客を楽しませると共に、日米友好の長い歴史を思い起こさせるものでもあります。
同盟関係のあり方も、よくガーデニングに例えられます。どんなに美しい庭も、日々の手入れを怠れば、すぐに荒れ果ててしまうように、同盟関係も、お互いがその維持、発展のために地道な努力を続けなければ、すぐに弱体化してしまいます。
我が国の平和と安全、地域の安定のため、強固な日米同盟が、今ほど必要とされているときはありません。この友好関係を所与のものとすることなく、日米両国のミリタリーを含むすべての人々が、お互いに緊密な人間関係を築き、相互理解と信頼を深め、この同盟を絶えず「アップデート」し続けていくことが必要です。
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