演題:「宇宙領域の可能性と今後の能力強化について」

        空幕防衛部防衛課   1等空佐 津井 信一郎

「全般」
 令和2年度の講演会(三木会)を令和2年7月16日(木)グランドヒル市ヶ谷において開催した。
 今回は空幕防衛課の津井信一郎1佐に「宇宙領域の可能性と今後の能力強化について」という演題でご講演を頂いた。
 講演終了後、斎藤副会長から本講演に対する謝辞が述べられた。

「細部」
1 はじめに
 昨年から空幕防衛部において宇宙担当の企画官のポストを拝命し、空自における宇宙領域への取組について、微力ながら尽力させていただいております。
 本日は、現航空幕僚監部の業務と前職の内閣府宇宙開発戦略推進事務局への出向期間中の経験をもとに、宇宙についてお話しさせていただきます。















     講師紹介に続き講演会を開始

2 宇宙領域の可能性
(1)宇宙に対する先入観
  宇宙におけるオペレーションとはどのようなものになるのでしょうか。 OBも含めて多くの航空自衛官が航空機に搭乗したことがあり、自らの体感として理解できる航空領域と違い、宇宙領域は自衛官が誰一人としていったことはなく、そのため漠然としたイメージで語られる傾向にあります。 多くの人々は航空領域の延長上として安易に宇宙をとらえ、航空領域と同じような世界としてイメージしているのではないでしょうか。
 我々航空自衛隊が新たに宇宙領域におけるオペレーション能力を構築していくにあたって、こういった先入観を排除し、宇宙空間特有の性質を正確に理解するところから始めなければなりません。
(2)宇宙利用の有用性
  宇宙には航空領域とは違った特性があり、この特性の違いを利用し、宇宙空間を安全保障に積極的に活用する着意が必要です。特に究極の高地とも呼ばれる宇宙空間からの情報収集は大きな利点になり得ます。
 また、今後は民間業者を主体に、衛星自体の小型化や、ロケット打上げの低価格化が進んでおり、宇宙へのアクセスが容易となり、より宇宙が身近なものとなりつつあります。これらのトレンドをしっかりと見極めつつ、我が国の安全保障に資する宇宙関連分野へのコミットメントを広げていく必要があると考えております。

3 宇宙におけるリスク
(1)宇宙システムの脆弱性
  宇宙システムは常に脆弱性を内在しているといわれております。
  宇宙システムは人工衛星そのものに着目されがちですが、衛星だけでは機能を発揮できず、衛星をコントロールするための地上局や、衛星と地上局を結ぶリンク、またユーザーが信号を受信するための端末など、それらすべてのセグメントが総合的に能力を発揮する必要があります。逆に、各セグメントのどれか一つが機能を失えば、システム全体としての機能を失うことにつながり、悪意をもったアクターにとっては格好のねらい目ともなります。
(2)宇宙環境の悪化
  宇宙アセットの本質的脆弱性に加え、宇宙空間の状況が質的に悪化してきているといわれております。一般的に3Cと呼ばれる、宇宙空間のCongested(混雑化)、Contested(敵対化)、Competitive(競争化)の流れが進み、宇宙空間への自由なアクセスが制限されるリスクが高まりつつあるといわれております。
  特に昨今のメガコンステレーション等の技術の進歩により宇宙空間の混雑化は、低軌道高度帯において加速する見込みであり、そのため、タイムリーで精度の高い宇宙状況把握能力が必要になると考えます。
(3)多様なリスクの特定
  一般的に知られるASAT(anti-satellite(対衛星兵器))のような直接的物理破壊を伴う攻撃のみならず、宇宙には、高出力レーザーやEMP(Electromagnetic pulse)等によるノンキネティック物理破壊や、電磁波、サイバーなどによる妨害や衛星の乗っ取りといった、各種脅威の可能性が存在します。
 自国の衛星に何らかの不具合が生じた際に、こういったリスクによる影響も考慮せねばならず、不具合要因の追求は一筋縄ではありません。
 一国のみによるSSA(宇宙状況把握)でこういった要因を特定することはほとんど不可能だと考えます。
 そのためには様々な宇宙システムの運用者との情報共有に基づく連携が、宇宙での能力を拡大し、依存を深めるにつれ必要不可欠になると考えます
















     講演会場の様子

4 我が国の宇宙の取組
(1)我が国の宇宙政策
  我が国の宇宙政策は2008年の宇宙基本法の成立を受け、大きく安全保障サイドに舵を切りました。
 基本法成立後に設置された内閣官房宇宙開発戦略本部事務局(現内閣府宇宙開発戦略推進事務局)が旗振り役となり、政府の各種宇宙事業を横断的に俯瞰しつつ、宇宙基本計画や工程表という形で一元的に各省庁の宇宙関連事業の推進を行っています。
 防衛省航空自衛隊においても基本計画及び工程表の計画に沿い、SSAをはじめとする宇宙に関する防衛力整備を進めているところです。
(2)防衛省の取組
  防衛省は防衛計画の大綱(30大綱)及び中期防衛力整備計画(31中期防)において、多次元統合防衛力の強化の実現に向け各種宇宙領域における取組を推進していくこととされました。SSA等の主な事業は空自が担いつつ、令和2年度の宇宙関連事業として、衛星通信システムの抗たん性の向上や、画像衛星データ等の利用、国際法規範形成の国際的取組への参加等、宇宙関連の事業に予算が計上されています。

5 航空自衛隊における宇宙の取組
(1)宇宙作戦隊の新編
  30大綱において、空自に宇宙専門部隊を保持することが示されたことから、令和2年5月、航空自衛隊にとって初の宇宙専門部隊となる「宇宙作戦隊」を航空自衛隊府中基地に新編しました。本宇宙作戦隊は将来のSSAの運用を担うことを前提に当初20名の規模で立ち上がり、令和4年度のSSA本格運用に向けた各種準備を進めていくところです。
(2)SSA能力
  航空自衛隊は山口県山陽小野田市に、主に静止軌道帯の観測が可能な、ディープスペースレーダーを整備するとともに、府中基地に運用システムを整備し、これらを令和4年度には本格運用を行える態勢(体制)を構築すべく、各種整備を行っております。
 広大な宇宙空間において、様々な軌道面に存在する物体をすべて把握するには自前のセンサーシステムだけでは足りず、真に実効的なSSAの体制を構築するには、米軍やJAXA等の連携が不可欠となります。
 これを踏まえ航空自衛隊は、JAXAとの間においてSSAに係る全般的な連携の枠組みを規定する協力協定を2017年に取り決めました。
 これに基づき、JAXAへ航空自衛官を1名派遣し、JAXAの持っている知見の習得を進めるとともに、連携の強化を進めております。
(3)その他の宇宙能力
  30大綱において、我の衛星への電磁波妨害状況を把握するための装置や、レーザー測距装置、宇宙設置型光学望遠鏡などの新たな装備品の整備が示されました。
 これらの装備品の整備に当たっては、その運用のあり方などを明確にし、その運用に必要な人材の育成についても、前倒しで行っていかなければいけません。その際、衛星運用等の新たな能力の獲得に向けては、その知見の大多数が、省外、特に民間企業等に存在することから、積極的な部外力の活用などを図る必要があります。
 また、航空自衛隊として、これら装備品が将来の統合及び日米共同における、領域横断作戦にもしっかりと寄与するよう、装備品の取得のみならず、それらを使った各種作戦における指揮幕僚活動の在り方まで、具体化していかなければいけないと考えております。

6 能力強化の方向性
(1)宇宙における急速な変化
  すでに、宇宙における様々な取組が我々の周りでは進行しており、この流れは今後ますます加速していく勢いです。米国では5年前には考えもしなかった、独立の軍種として宇宙軍が誕生しました。
 NASAはアルテミス計画を発表し、2024年には、アポロ計画以来となる人類による月面着陸を再び行う予定です。
 他方、中国では、ロケットの打ち上げ数において米国の実績を上回り、まだ米国も成し遂げていなかった、月面の裏側への着陸を昨年果たしました。また、民間に目を向けると、様々なアイデアをビジネスチャンスにつなげようとする企業が宇宙分野にどんどん参入してきております。
 このような状況下、我々航空自衛隊はこういった宇宙における急激な状況の変化をとらえ、我の宇宙利用の優位を確保していく取組を進めていかなければいけません。
(2)宇宙利用の優位及び宇宙人材(スペース・カドレ)の確保
  宇宙は広大であり、装備品は高価です。一国で宇宙能力をすべて整えるには限界があります。既存の宇宙技術を我が国の安全保障に資する観点から積極的に利用するとともに、官民問わず様々な宇宙能力を有する組織との連携や同盟国・友好国との連携により、宇宙利用の優位を確保する観点が必要です。
 そのために何をするかですが、まずは、航空自衛隊においてこれらのことができる人材の育成・確保が必要であり、将来にわたる宇宙能力の拡大において、今最も考慮すべき事項だと考えています。

7 おわりに
 航空自衛隊にとって新たな領域ともいえる宇宙への取組は、大きな挑戦(Challenge)であると同時に大きな機会(Opportunity)でもあります。航空領域とは異なる宇宙の特質を理解しつつ、昨今の宇宙を取り巻く急速な状況の変化を踏まえ、将来の宇宙における各種作戦運用が担える人材を育成することこそが、まさに今取り組むべき喫緊の課題ととらえ、宇宙能力の獲得を着実に一歩ずつ進めてまいりたいと思います。
















     講演後の質疑応答















     齊藤副会長による謝辞
 




 □ 三木会では、会員の皆様からのご聴講をお待ち申し上げております。