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演題:「イスラエルの国家防衛」

                空幕防衛課 1等空佐 小川 康寛
「全般」
 令和元年度第3回目の講演会(三木会)を令和元年10月17日(木)グランドヒル市ヶ谷において開催した。
 今回は令和元年7月まで在イスラエル大使館付武官をされていた空幕防衛課新領域等推進プロジェクトグループ企画官の小川康寛1佐に「イスラエルの国家防衛」という演題でご講演を頂いた。
 勤務されたイスラエルの国内情勢だけでなく、イスラエルと米国をはじめとする大国との関係や最近の中東情勢等幅広い内容の講演で、聴講者には大変勉強になる内容であった。
 講演終了後、片岡会長から本講演に対する謝辞が述べられた。















 講師紹介

「細部」
 講演内容の細部は以下のとおり。

1 はじめに
 平成26年7月〜令和元年6月の約3年、在イスラエル大使館にて勤務した航空幕僚監部防衛部の新領域等推進プロジェクトグループ企画官の小川康寛1佐です。
 出身期別は統一期で98期、防大42期です。防衛大学校に入校する前は曹候補学生18期で入隊し、警戒管制員として高畑山で勤務していました。防衛大学校卒業後は通信電子に指定され、情報通信課でクラウド化事業を立ち上げるなど、サイバーの基礎的な機能に関わる仕事をしてきたところ、サイバーで有名になりつつあったイスラエルへの赴任の機会をいただき、2016年夏から2019年夏の3年間、イスラエル大使館で防衛駐在官として勤務しました。
 帰国後はその知見を活かせるサイバー企画官の職を拝命し、冥利に尽きる配置をいただいております。
 本日の題目は『イスラエルの国家防衛』でありますが、これを説明するためには日本人にはなじみの薄い中東情勢及びイスラエルの概要からお話しするのが良いと思います。

2 中東情勢
 イスラエルの安全保障に関連する中東情勢は、概ね次のように整理できると思います。
(1)イスラエルの建国
 イスラエルは、1947年の国連パレスチナ分割決議に基づき、1948年に建国されました。その後1956年、1967年、1973年、合計4度の戦争を経て、イスラエルの独立は確固たるものとなり、その後のイスラエルの安全保障上の課題はパレスチナ・テロとの戦いに移りました。
(2)イラン革命
 イスラエル建国後の安全保障上の戦略的な転換点は1979年のイラン革命です。イラン革命後、イランは反米となり、米国との関係の深いイスラエルを敵視するに至りました。翌1980年、米国はイランと断交し、経済制裁を科しました。イランは革命防衛隊による「イスラム革命の輸出」を企図し、核及びミサイル開発を進めました。米国はイランによるイスラム革命の波及を防ぐため、イラン・イラク戦争においてサダム・フセインを支援しましたが、そのサダム・フセインがクウェートに侵攻したため米国がこれを打倒し、米軍が中東に駐留することとなりました。
(3)米国の影響力低下とロシア及びイランの進出
 オバマ政権時に米軍がイランから撤退を開始して以降は影響力が低下し、ISISが急激に勢力を拡大しました。アメリカはISIS(Islamic State of Iraq and Syria:イラクとシリアのイスラム国)の勢力拡大を無視できず、クルドを支援してISIS制圧に乗り出しました。しかし基本的に中東への関与を低下させ続ける路線は変わらず、トランプ政権が誕生した後も低下し続けました。結果としてシリア内戦にロシアが介入、2015年のJCPOA(Joint Comprehensive Plan of Action:イラン核合意)により経済が回復途上にあったイランは、シリアに地上兵力を派遣し、ISISはほぼ制圧され、シリア内戦は収束に向かいました。
(4)イスラエルの危機意識
 これらの変化をイスラエルから見た場合、敵対するイラン勢力が隣国シリア領内に進出する結果となりました。JCPOAはイランの核開発の10年間の延期と引き換えに経済制裁を緩和する内容であり、イランの経済が回復すれば、革命防衛隊の活動がより活発化する可能性が高まります。
 イスラエルは、イランがJCPOAの期限が切れた後、即座に核開発を再開させ、シリア領内に兵力を派遣した状態で核兵器の保有に至った場合は存続の危機に立たされると認識しました。この認識はサウジアラビアなどのスンニ・アラブ諸国と一致しており、イスラエルとスンニ・アラブ諸国が協力してイランの脅威にあたるべきとの機運が生まれています。
 イスラエルは米国にJCPOAの危険性を指摘し続け、結果、2018年5月に米政権はJCPOAからの脱退を表明しました。イランは他のヨーロッパ諸国との核合意維持による経済状況の好転を待ちましたが、昨今はJCPOAの一部履行停止に至りました。これが、今日のホルムズ海峡情勢に繋がっています。
(5)イスラエル周辺の情勢
 イスラエル周辺に目を向けると、北部では、イラン勢力がシリア南部に展開することで、従来からイスラエルと対立関係にあったレバノン南部のヒズボラがイランの支援を受けやすい環境が形成され、イランによるヒズボラへの高性能な武器の供与が安全保障上の重要課題となりました。
 南部のガザ地区では、イスラエルへの徹底抗戦を主張するハマスの他、イランからの援助を受けているPIJ(Palestinian Islamic Jihad)の脅威が相対的に増加しています。
 イスラエルは、敵対勢力の準備完了を待つことなく、適宜に敵対勢力の能力を空爆などで削ぐCBW(Campaign Between War)戦略で対処しています。このように、イスラエルの外的な脅威への対処の姿勢は、脅威の顕在化を待つことなく予防することにあります。また、敵対する勢力による攻撃準備に対しては躊躇することなく先制攻撃を行います。
 これはベギン・ドクトリンと呼ばれ、イラク及びシリアの原子炉攻撃に代表されます。また、イスラエルへの攻撃には必ず反撃を行います。ガザ地区からのロケット弾攻撃への反撃がその好例です。ただし、イスラエルが行う攻撃は、標的とする人物や建物等以外に副次的な被害が発生しないように配慮されています。
 














 熱弁する講師

3 イスラエルの概要
 イスラエルの概要を述べますと、イスラエルは中東の西の端、地中海の最東部の海岸沿いにある、日本の四国程度の面積の小さな国です。イスラエルを話すには、どうしてもパレスチナ暫定自治政府(以下「PA」:Palestinian Authority)との関係を述べる必要があります。
(1)イスラエル
 イスラエルは1947年の国連パレスチナ分割決議に基づき、1948年に建国され、レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区と地続きで隣接しています。
 イスラエルの人口は約900万人で、ユダヤ人が75%、アラブ人が20%、その他の人種が5%ほど住んでいます。主な言語はヘブライ語とアラビア語ですが、ほとんどの人は英語が話せます。
 政治体制は共和制で大統領がおり、120議席全国完全比例代表制です。大統領は政治にはあまり口を出すことはなく、イスラエルの象徴的な存在になっています。
 特に指摘したいのは、特殊合計出生率が3.11とOECD(Organization for Economic Cooperation and Development:経済協力開発機構)の中で最高であることです。人口は年約2%ずつ増えており、GDPも年約4%増え続けており、国民1人あたりのGDPは日本を上回っています。人口増に起因して住宅が高騰し、物価も上がりつつあります。
 最近日本では消費税が10%になりましたが、イスラエルの付加価値税は17%です。外食すると、元々の値段に付加価値税がついて、さらにチップを10%ほど払うので、日本の3倍ほどの値段になります。イスラエルにおいて男性は約3年、女性は約2年の兵役義務があり、高校卒業後に兵役に入り、その後国から資金を得て世界中を旅し、その後大学で学んで社会人になるコースが一般的で、社会人としてのキャリア開始は27歳前後です。イスラエルはスタートアップ大国として世界的に有名になっており、中東のシリコンバレーとも言われています。
 イスラエルを訪れる際に気を付けたほうが良いのは、暦です。ユダヤでは金曜日や祝日の日没から土曜日の日没が安息日とされ、労働が禁止されます。イスラエルはユダヤ歴が公式な暦であるため、ユダヤ歴新年やユダヤの祝日のシーズンに当たると官公庁や公共交通機関も止まります。
(2)パレスチナ自治区
 ア ヨルダン川西岸地区
 ヨルダン川西岸地区にはアラブ人が400万人住んでいると言われていますが、統計がとられていないため、正確な数字は不明です。
 ヨルダン川西岸地区は1967年の第3次中東戦争によりイスラエルが軍事占領し、現在もイスラエル国防軍の占領統治下にあります。
 1993年のオスロ合意後に始まったPAへの段階的な統治移譲の途上にある状態です。アラブとユダヤの間の4度の戦争は、アラブ側がユダヤ人による建国を認めないために起こったものですので、アラブ側がイスラエルの存在を認めるとするオスロ合意は相当に大きな路線変更であったと言えると思います。しかし、オスロ合意の結果、アラブ側はイスラエルの存在を認める勢力(ファタハ)と、絶対に認めないとする勢力(ハマス)に分かれてしまいました。
 オスロ合意に基づくヨルダン川西岸地区のPAへの権限移譲は段階的に行われることとされており、ヨルダン川西岸地区はA地区、B地区、C地区に分かれ、A地区は行政権、警察権ともにPAが、B地区は行政権をPA、警察権をイスラエルが、C地区は行政権、警察権ともにイスラエルが有しています。A、B、Cのそれぞれの地区は極めて複雑に入り組んでいます。ヨルダン川西岸地区の最大の問題点は、イスラエルが入植活動を拡大しつつあることです。
 イ ガザ地区
 ガザ地区には約200万人が住んでおり、そのうち約100万人は難民で、UNRWA(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East:国際連合パレスチナ難民救済事業機関)からの生活支援を受けています。
 2005年、突如イスラエルはガザ地区の軍事占領から一方的に撤退しました。理由は、ユダヤ市民の第2次インティファーダへの厭戦気分と「ガザ地区は中東のシンガポールになる可能性を有している。」とする、当時の首相の政治判断です。一説にはガザ地区をイスラエルが統治し続ければ、出生率が大きいアラブ人がいずれはユダヤ人の数を上回るため、将来のイスラエルにとって重荷になると考えた、とも言われています。しかし2006年の選挙においてハマスが勝利し、その後PA内の政争を経て2007年にガザ地区はイスラエルの存在を認めないとする勢力の活動拠点と化しました。対イスラエル徹底抗戦路線は1993年のオスロ合意の趣旨に反する行いであり、PAとハマスは互いに反目しあっている状況が続いています。
 ガザ地区にはハマスだけが居るわけでなく、ほかにもイスラム過激主義組織がいくつもあり、中でもPIJはイランから直接的な支援を受けているとされています。その後10年以上にわたってハマスはイランやアラブ諸国イスラム過激主義者の支援を受けながら、戦備を整えるため、シナイ半島との間に無数のトンネルを掘り、ロケット弾などを搬入し、イスラエルへの攻撃を続けています。その大規模なものが、2006年、2008年、2014年のガザ紛争です。
 イスラエルは、度重なるガザ地区からのロケット弾等による攻撃から市民を防護するため、アイアンドームをガザ地区周辺に展開させ、ロケット弾を迎撃しています。ハマス等は、ロケット弾が有効な攻撃手段にならないため、イスラエルに向けて攻撃トンネルを掘りました。攻撃トンネルの脅威が顕在化したのは、2014年ガザ紛争時、ガザ地区に侵攻するイスラエル国防軍の背後から、攻撃トンネルを使用したハマスの戦闘員が出現した時です。
 このとき十数名のイスラエル兵士が犠牲になったと言われています。イスラエルは攻撃トンネルの脅威を認識し、克服するための具体的な手段を開発し、地下の構造物を特定するための特殊なセンサーシステムの開発に成功しました。そのセンサーにより発見した攻撃トンネルを、イスラエル側は徹底的に破壊し、さらには二度と攻撃トンネルが掘れないよう、地下50mにも及ぶコンクリート壁を建設しています。
 イスラエル側は、ガザ地区からの攻撃から市民を守るためにガザ地区を封鎖するほかなく、イスラエル国防軍が周囲を取り巻いています。海を経由した武器等の密輸を防止するため、海も事実上、イスラエルが封鎖しています。
 2016年頃にはシナイ半島にISIS関連の勢力が拡大し、ハマスとの連携拡大が危ぶまれたため、エジプトはシナイ半島に軍を展開してテロリスト勢力を制圧する一方、シナイ半島とガザ地区の間にあった無数の密輸トンネルを塞ぐ措置を行いました。この結果ガザ地区内の生活環境が極端に悪化し、人道危機が指摘されるようになりました。カタールはガザ地区に対してPAをバイパスした直接的な経済支援を申し出、その結果アラブ諸国とPAの関係は冷え始めました。
 2017年末にはエジプトの仲介でファタハとハマスの間で「国民和解」機運が高まりました。私自身も現地で本当に国民和解が達成されるのではないかと感じましたが、最終的にハマスが武装組織のPAへの移管を拒否し、交渉が長引いているところに米国がエルサレムをイスラエルの首都として承認する発言があり、国民和解は一気に吹き飛んでしまいました。イスラエルとパレスチナの2国家解決どころか、パレスチナ側の統一すら実現する目途が立っていません
 2018年3月以降、ガザ地区の住民は「帰還への大行進」と銘打ったイスラエルへの抗議活動を開始し、ロケット弾も攻撃トンネルも封じられたハマス等は戦術を変え、風船や凧に火炎瓶などを搭載してイスラエル側の農場への放火を始めました。現在のところ、さすがのイスラエルも無数に放たれる風船や凧を全部阻止することはできず、被害は継続しています。















 講演後の質疑応答
 
4 イスラエルの国家防衛 
(1)イスラエルの安全保障環境
 イスラエルの安全保障環境を端的に述べれば、戦略的な脅威としてはイランの核開発があり、戦術的な脅威としては北部にヒズボラとシリア領内のイラン勢力、南部にハマス及びPIJ等が存在しています。
 世界的にも珍しいと思いますが、隣接する各国との間すべてに国連などの監視組織があります。レバノン南部にはUNIFIL(United Nations Interim Forces in Lebanon:国際連合レバノン暫定駐留軍)、シリア・ゴラン高原には我が国も1996年〜2013年の間部隊を派遣していたUNDOF(United Nations Disengagement Observer Force:国際連合兵力引離監視軍)、ヨルダン川西岸地区にはUNTSO(United Nations Supervision Organization:国際連合休戦監視機構)、エジプトとの間にはMFO(Multinational Force and Observers)があります。
 今年4月から我が国はMFOに自衛官を派遣しました。イスラエル−エジプト間の平和条約は中東安定化の大黒柱であり、MFOによってシナイ半島の軍備が監視されることで平和条約が維持されていることから、MFOへの自衛官派遣は誠に素晴らしい着眼での国際貢献であると思います。
 米国はイスラエルの国家防衛のために多額の資金供与を行っております。また、トランプ政権誕生以来、エルサレムの首都承認、米大使館のエルサレム移転、ゴラン高原の主権承認等、次々に親イスラエル政策を展開する一方、中東和平交渉に応じないパレスチナ側には経済支援を凍結するなど厳しい姿勢が目立っています。以前は中東の課題と言えばユダヤ・アラブ間の「中東和平」でしたが、今やイランの脅威が第一の課題になっています。
 その一方、イスラエルは「国防に米軍は必要ない」とする姿勢を貫いています。ロシアは、シリア内戦の結果、空軍及び海軍力を地中海に常駐させています。ロシアがシリアに常駐するようになったことと関係があると思われますが、近年はイスラエルとNATOとの関係が非常に緊密化してきています。欧州は、米国のトランプ政権が親ユダヤであることが明白ですので、イスラエルの後押しとなっています。ただし、BDSと呼ばれる反ユダヤ主義が強くなってきているとの報道もよく見受けました。
 中国はイスラエルのインフラ整備への投資を継続し、昨今はイノベーション分野での協力強化を打ち出しました。一方、中国は米第6艦隊の寄港地であるハイファ港の整備事業等に参入し、米国から安全保障上の懸念を示されるなど、難しい状況となっています。イスラエルとの関係強化で注目すべきはインドだと思います。ミサイルの共同開発をはじめとして国交25周年を記念した大型協力案件が次々に成立しました。アジア・太平洋地域についても、各国はイスラエルの装備品等に強い関心を持っており、実際に導入されています。
 経済的な要素としては、イスラエルの沖合に巨大ガス田が次々と見つかっており、キプロス及びギリシャを経由する海底パイプラインと、エジプトの液化施設を利用して欧州に輸出しようとしています。これまでの欧州各国は安全保障においてロシアと対立しながらエネルギーはロシアに依存せざるを得なかったのですが、近い将来この構図は変わる可能性があると思います。
(2)イスラエル国防軍
 イスラエルの安全保障を軍事力面から支える国防軍について説明します。イスラエルにおいて軍は「国防軍」です。ヘブライ語でツバイー・ハガナー・レ・イスラエル、略してツァハルと呼称されています。ツバイーは兵士や軍、ハガナーは防衛や自衛、レはfor、イスラエルは国名です。新聞などで一般的にはイスラエル軍と記述されていますが、ヘブライ語のニュアンスを重んじるのであれば「国防軍」が正しいと思います。
 イスラエルは日常的に隣接する脅威への対処を強いられる環境下にあり、「不幸にも」実戦経験が豊富です。イスラエル国防軍の特徴は、先述のとおり国民男女とも兵役義務があることですが、その他にも、軍人最高位の参謀総長の階級が中将、空軍の最高位である空軍司令官が少将であったり、日本でいう災害派遣や国民保護を専門とする民間防衛軍があったりします。
 イスラエルでは、原則として飛行するものは全て空軍に所属しています。空軍の作戦機数は約350機あり、その他独自技術のBMDシステムやロケット弾迎撃システムであるアイアンドーム、偵察などに主要される無人機部隊を有しています。作戦機数だけみれば人口1/10以下の国が日本と同等の航空戦力を保有していることになります。
 海軍はかなり小規模ですが、先述のとおり沖合に次々にガス田が発見されており、これを防護するため、海軍の能力を拡張している最中です。
 宇宙、サイバー等については、元々イスラエルは小型偵察衛星技術で世界トップクラスの定評があり、サイバーについても強力なインテリジェンス組織がICT革命を経て世界有数のサイバー部隊となっています。8200部隊という名称は、今では全世界で有名になっています (3)イスラエルの国家防衛
 3年間の駐在の見聞から、イスラエルの国防は「現実的な対策の徹底的な積み重ね」と表現できると思います。
 イスラエルは@国土が狭隘で縦深性にも恵まれておらず、A対立するイスラム勢力に比べてユダヤ人の人口は劣勢であり、B北部レバノン南部にはイランの支援を受けたヒズボラ及びシリア領内にイラン勢力が、南部ガザ地区にはハマス・PIJといった脅威が地続きで隣接し、Cヨルダン川西岸地区においては日常的にテロ攻撃の可能性に曝されているといった特徴があります。
 これに対し、@縦深性欠如を克服する手段として優秀な諜報能力を有し、A人口劣勢を克服するために男女とも徴兵義務を課し、優秀な人材を選抜してリーダー教育を行い、技術力を高めて優秀な装備品等を開発し、B隣接する脅威に対してはベギン・ドクトリンに基づく先制攻撃やCBW(Campaign Between War)と呼ばれる努力で紛争にならない程度に敵対勢力の能力を削ぎ続け、Cテロ攻撃に対しては徹底的な対策だけでなく、国際社会の支持を得る努力を重ねてきています。
 対策の具体的な事例は、第2次レバノン紛争で安価なロケット弾を迎撃するために高価なペトリオット弾を使用せざるを得なかった教訓からアイアンドームを開発し3年以内に運用を開始したり、ガザ地区から伸びてきている攻撃トンネルの課題には地下構造物を探知する特殊なセンサーを開発しトンネルを全部破壊し、加えてヒズボラも同様のことをしている可能性があるとしてレバノン国境地帯にも応用した結果複数のトンネルを発見したりしています。
 イスラエルでは小銃の命中率が悪く副次的な被害が出ていたことを克服するため、コンピュータ搭載型のスコープで画像認識し、ほぼ100%命中するようになっています。特にイスラエルは核兵器開発に関しては一切妥協しません。国土が狭隘なため、2、3発の核兵器で国が壊滅する可能性を強く認識しているためです。
 その他、徹底した対策の成果を積極的に友好国に輸出し、得た収益でさらに新たな技術開発に投資するという好循環も生まれています。その代表的な事例は、過去10年ほどで急成長を遂げたサイバー技術です。これが、イスラエルがスタートアップ大国である1つの背景であると言えます。
 イスラエルの脅威については先述のとおりですが、仮にイラン勢力、ヒズボラ、ハマス、PIJ等が束になって攻撃しても、イスラエルが滅ぼされる可能性は極めて低いと考えます。イスラエルの存在そのものへの脅威は、イランの核及びミサイル開発のみと言って良いと考えます。
 しかし、意見交換した多くのユダヤ人有識者は、ユダヤ社会の内部分裂が最大の脅威と指摘しています。具体的には、ユダヤ教超正統派とその他の分裂です。2019年4月の総選挙ではこの溝が顕在化し総選挙のやり直しが行われ、さらに9月の総選挙においてもネタニヤフ首相は組閣できませんでした。今後、イスラエルの安全保障情勢の着眼点の1つは、周囲の脅威への対処に加え、国内のユダヤ社会の分裂がどのように進むのかを見ていく必要があると思います。
5 おわりに
 イスラエルでの3年間は、その時その時は何かと困難なこともありましたが、振り返ってみると得難い経験であり、特に日本の国家防衛を客観視できる貴重な機会であったと思います。
 防衛駐在官として赴任・帰朝するにあたり、関係各位から多大なご支援、ご指導、ご鞭撻を賜り、家族ともども無事に任務を果たして帰朝できました。この場を借りて御礼申し上げます。