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去る7月21日、稚内分屯基地 58周年記念祝賀会に参加しました。およそ 15年ぶりに訪れた稚内ですが、当日は天気もよく弊社(ANAウイングス社)の
千歳―稚内間の定期便(ボンバルディアQ400)も途中、VFR飛行に変えて 低高度を巡航飛行し、左に利尻富士、右に稚内のレーダーや稚内港を見つつ
(乗客も半分以下でしたので、皆さん右の座席から左の座席へと移動して景色を楽しんでおりました。これが小型機の良いところかなと思いました)軽やかに稚内飛行場に着陸しました。
記念祝賀会は、稚内全日空ホテルで行われましたが、稚内港に程近く、西の海岸には歴史的な建造物「北防波堤ドーム」(昭和初期に稚内―サハリン航路に
伴う輸送用に建設された鉄道を波や雪から防護する半トンネル、現在は廃線され道路として利用)も見渡せます。
さて、夜の記念祝賀会は、陸・海・空自衛官をはじめOB会や協力会、周辺自治体の首長や企業関係者等、約120名が参加し賑やかに行われました。 稚内分屯基地司令の鈴木千佐加 1佐の挨拶の他、地元選出の衆参議院議員や工藤稚内市長等の祝辞ならびに祝電披露等、およそ1時間に渡り宴会の前ぶりがありました。
まとめて見ますと空自稚内分屯基地は58年前、空自発足とほぼ同時に設置されその後、海の大湊地方隊稚内分遣隊や陸の第301沿岸警備隊が新設され統合的な分屯基地として厳しい最北端の防衛を担ってきました。特にロシア機による大韓航空機撃墜の際には、その情報を提供して脚光を浴びたこともありました。
また、少ない人数で24時間の防衛・警備任務を遂行しつつ東日本大災害時の災害派遣をも実施してきました。これは58年の長きにわたる伝統と基地司令を核心として厳しい訓練を重ねてきた成果そのものでしょう。近年は露国経済の好調ぶりを反映し、ロシア空軍の活動が活発化するとともに、緊急発進回数の増加傾向に著しいものがあるようです。侵入する航空機等を早期に発見するため、特に冬期の風雪など環境の厳しい中にあっても、隊員は努力を怠ることなく24時間昼夜を問わず勤務し、任務に邁進しています。
第18警戒隊の沿革
昭和29年 12月 部隊展開(北部航空警戒管制隊第1中隊第2小隊)
昭和31年 9月 部隊改編(第1警戒隊第2中隊)
昭和32年 9月 部隊改編(第18警戒中隊)
昭和34年 11月 米軍より運用移管
昭和36年 7月 部隊改編(第18警戒群)
昭和62年 12月 3次元レーダー(J/FPS−2)運用開始
平成12年 3月 部隊改編(第18警戒隊)
平成24年 9月 部隊創設58周年
宴会の中でも余興として、空自隊員による銃剣道や陸自隊員による徒手格闘の展示が行われ、訓練の成果の一端がうかがわれました。
また、基地OB会の町田会長や高橋幹事長とも親しく話しをし、つばさ会理事としての任務も確実に果たしてきました(笑)。
祝賀会終了後、同じ空自OBのN君やT君は稚内のネオンの巷に消えていきましたが、以後の消息は現在のところ不明です。
こうして、稚内分屯基地58周年記念祝賀会は盛会裏に終了し、稚内の夜は静かにふけていきました・・・・・・・・・・・。
(文・写真:滝脇理事) |

歴史的な建造物「北防波堤ドーム」 |
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