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7月16日(月)、昨日の大雨も上がった曇り空の下、秋田空港の近くに位置する秋田分屯基地内の秋田救難隊で開設25周年記念式典が行われ、参列した。
ひげも凛々しい、秋田救難隊長兼秋田分屯基地司令 佐藤 徳弘 1等空佐は、生徒20期の出身。幹候校卒業後は、6空団の後、救難隊、救難団司令部、空幕、那覇救難隊長等、救難の要職を経験してきた猛者である。
ご存知のとおり、秋田救難隊は、県内あるいは周辺での遭難、海難に際し、出動するとともに昨年の東日本大震災でも捜索、救難活動に従事してきた。
記念式典には、国会議員、秋田県知事、秋田市長、航空救難団司令、歴代分屯基地司令の来賓らが参加。佐竹敬久(さたけ のりひさ)秋田県知事からは、祝辞において「平素から県民の遭難、海難における救難活動」に対し秋田県民の安全・安心の心強い存在としての感謝の言葉が述べられた。
式典後の11時から穂積志(ほづみもとむ)秋田市長が押す非常ベルを合図に、救難訓練展示が始まった。展示は、飛行場使用にあたっての制約の関係からエプロン地区で実施され、先ずU-125が発進、続いて発見された遭難者をUH-60Jがメディック2名を下ろして吊り上げるというもの。きびきびとした隊員の動きに惜しみない拍手が送られた。
なお、天候不良のため、このあと予定されていたF-2の展示飛行は中止となった。
祝賀会は、12時から開始。祝辞に立った県会議員からは、「協定により秋田空港に戦闘機は降りられないことになっている。F-2が降りられるように協定の見直しを県知事にお願いしたい」と挨拶し、拍手を浴びていた。また祝賀会では、基地近隣在住のつばさ会会員も参加され、山地理事らと談笑する姿も見受けられた。
秋田救難隊は日本海の救難体制強化のために創設された。当時は、反対デモ等もあり色々な面で苦労の連続であったが、地道に積み重ねた25年の実績、あるいは積極な防災訓練等への参加は、県知事の挨拶にもあったように秋田県の心強い存在と言われるまでになりこの秋田の地にすっかり根ざしていることに安心し、飛行安全を祈りつつ基地を後にした。
記事:今井 文幸 |

なまはげの描かれた25周年記念塗装のUH-60JとU-125 |
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